東京下流人日記|ワーキングプア脱出をめざす自宅警備員の生活と意見、時事議論、書評など

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マルクスの使いみち/稲葉振一郎、松尾匡、吉原直毅

|2011年10月 7日 14:46| 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
マルクスの理論を新古典派で解釈し直すような議論について紹介した本。

本の多くの部分を占めるローマーの議論について、まったく知らないことだったので、超ためになった。おそらく、普通の人は知らないと思うので、キモの部分を引用しておく。

ここでローマーがやったことは、置塩信雄・森嶋通夫が証明した「マルクスの基本定理」以来の搾取に関する数理モデル――利潤があるならば必ず搾取がある、つまり労働者は自分の投下労働量が生産した生産物のすべてを賃金として受け取り消費することはできない、といういわゆる搾取の存在証明を数学的にしたわけです――を発展させたものですが、森嶋や置塩に比べたときに目立つのは、議論をはっきりと個人的主体の選択理論のフレームのなかに落とし込んでいくところです。搾取理論を合理的選択の枠組みのなかに落とし込んで、最終的にはゲーム理論的にしていく。ナッシュ均衡として、それどころか競争的経済であればパレート最適でもあるような均衡として搾取があり、階級社会、格差が存続する経済のモデルを示したわけです。それが80年代までのローマーですね。
ローマーが搾取を不平等の問題に置き換えたのは、完全競争経済においても確かに搾取は起きるけれど、その搾取がそれ自体で悪いこと、不正なことだといえるのか、という問題意識からきています。...
もちろん他にも、70年代から80年代にかけて、同時並行的に搾取についてのいくつかの研究がなされました。大事なところでは、ボールズ&ギンタスらによって明らかにされた「一般化された商品搾取定理」があります。つまり、もし経済が再生可能、存続可能であるならば、搾取は「労動力商品」についてだけ起きているのではなくて、あらゆる「商品」について起きているはずで、その意味では搾取がなければ経済は回っていかないということが証明されてしまった。搾取なき経済は成立しない、ということですね。[P81-82]

私は、置塩信雄・森嶋通夫が証明した「マルクスの基本定理」という部分にはげしく興味をもった。日本人がそんな研究をしたなんて、知らんかった。研究してみよう。

さて、稲葉の本は何冊か読んだが、これを読んでよくわかったことがある。彼は、東大の大学院を出ているからか、経済学者の系統図のようなものに特殊に興味があるようだ。これは、学問を俯瞰でみるということであり、その意味ではとても重要である。俯瞰でみることによって議論が大所高所からのものになり、頭がよさそうに見えるというメリットもある。たしかにそういう印象を与えることに成功している。ただし、それは東大の学閥レベル話であって、学問全体を俯瞰することとは別ではあるが。

私は一読者として、これは経済学者について必要な記述だと思っている。経済学を外部からみると、経済学者には近経とマル経(古い表現)がいて、それがはっきりしなくて困る。マル経はすでにマル経の看板を下げていることが多く、隠れマル経であることが多い。そうすると、どっちなのか外部の人間にはわかりづらい。この点をはっきりしてほしいのだ。なぜなら、隠れマル経の議論はだいたいイデオロギーに犯されていて、記述も論理的ではないことが多く、読みたくないからだ。とはいっても、浅田彰がマルクスについて書いているものを読むと、浅田も出自はマル経だなと思う。このややこしい状況が、外部には何とかしてほしいところだ。

そういう意味では、経済学者、社会学者を系列図で分けて、ズバズバぶった斬るような本を稲葉氏に期待したい。

marx01.jpg

マルクスの使いみち
稲葉 振一郎
太田出版
2006-03-11


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