自家発電的オナニー機械、『アンチ・オイディプス』。
ドゥルーズとガタリの名著『アンチ・オイディプス』である。これは大著でもあって、本はかなり分厚く、ページをめくると小さい字がぎっしり並んでいる。装丁もきわめて重厚かつ、繊細である。これらの総合によってかもし出される雰囲気は、いかにも高級であり、凡人の理解を拒むような偉容である。原本は知らないが、これは日本の版元のイメージ戦略だろうか。
内容のほうも、凡人の理解を拒むような難解な表現のオンパレードだ。
最初に出てくる「欲望する機械」という概念は認めうる。しかし、オイディプスについて述べているところは、妄想のかたまりである。オイディプスがすべての欲望をつくっているなどと、誰もいっていないと思う。にもかかわらず、ドゥルーズとガタリはオーストリアの精神分析学者・ライヒまで引き合いに出して、オイディプスがすべての欲望をつくっていると主張し、しかもそれを必死になって否定しているのだ。敵のいないところに勝手に敵をつくり、それを死に物狂いで攻撃している。マッチポンプだ。被害妄想の人が、(実際には存在しない)攻撃を受けてていることを主張し、それに反撃を加えているようなもんだ。自家発電するオナニー機械だ。
ドゥルーズとガタリがみせる、オイディプスについての執着と攻撃は、尋常なものではない。おそらく、西洋人にはオイディプス恐怖症というか、ファルス恐怖症のような傾向があるのだろう。その執着ぶりは、日本人には理解しかねる。日本人の私は、ファルスはこわくない。
だいたい、精神分析を資本主義の分析に使うこと自体、おかしい。精神分析は人間の精神を分析するのに専念すればいいのであって、その分野で頑張っていただければいい。社会科学に応用するなら、その方法論をはっきりさせることが前提となる。社会と精神は違う。パラノイアが封建社会までの変化の少ない社会に対応していて、分裂病が忙しい現代、あるいは資本主義社会に対応しているというのは隠喩としては許す。しかし、比喩以上のものとして、マジで分析ツールとして使うのはいただけない。日本にもマネした人いますけどね。
では、オイディプスの議論を除けば、まともな話なのかといえば、そうではない。「欲望する機械」についての詳しい内容はたんなるイメージで、雲をつかむような話であるばかりか、支離滅裂だ。原始土地機械と専制君主機械と文明資本主義機械という3つのとらえ方は安物の吉本新喜劇みたいなイメージにすぎない。それぞれの機械はコード化と超コード化と脱コード化に対応するとされるが、この超コード化、脱コード化というのもディスカウントショップで買った安物の舞台セットのような陳腐さだ。安物のイメージとしての3つの機械をこれまた安物のイメージとしての3つのコード化で分析しても、何も得られない。イメージは糸の切れたたこのように、どこかに流れていってしまう。書いている本人はイメージの世界に遊んで、楽しそうだが・・・。
ドゥルーズとガタリさんは、脳内がパラノイア機械に占拠されている。ライヒは、リビドーを実在エネルギーと考え、オーガズムを神経症理解の基礎とした理論を打ち立てた。そこからさらに飛躍し、性および生に特有のエネルギーとしてオルゴン・エネルギーを考えた。これは、明らかに妄想です。ライヒと同じようなことをドゥルーズさんとガタリさんはやっています。西洋のファルス恐怖症が生んだ過剰防衛です。

●今週の教訓
装丁と中身は比例しない(装丁はいい)。

アンチ・オイディプス
市倉宏祐 訳
河出書房新社
1986-05
内容のほうも、凡人の理解を拒むような難解な表現のオンパレードだ。
最初に出てくる「欲望する機械」という概念は認めうる。しかし、オイディプスについて述べているところは、妄想のかたまりである。オイディプスがすべての欲望をつくっているなどと、誰もいっていないと思う。にもかかわらず、ドゥルーズとガタリはオーストリアの精神分析学者・ライヒまで引き合いに出して、オイディプスがすべての欲望をつくっていると主張し、しかもそれを必死になって否定しているのだ。敵のいないところに勝手に敵をつくり、それを死に物狂いで攻撃している。マッチポンプだ。被害妄想の人が、(実際には存在しない)攻撃を受けてていることを主張し、それに反撃を加えているようなもんだ。自家発電するオナニー機械だ。
ドゥルーズとガタリがみせる、オイディプスについての執着と攻撃は、尋常なものではない。おそらく、西洋人にはオイディプス恐怖症というか、ファルス恐怖症のような傾向があるのだろう。その執着ぶりは、日本人には理解しかねる。日本人の私は、ファルスはこわくない。
だいたい、精神分析を資本主義の分析に使うこと自体、おかしい。精神分析は人間の精神を分析するのに専念すればいいのであって、その分野で頑張っていただければいい。社会科学に応用するなら、その方法論をはっきりさせることが前提となる。社会と精神は違う。パラノイアが封建社会までの変化の少ない社会に対応していて、分裂病が忙しい現代、あるいは資本主義社会に対応しているというのは隠喩としては許す。しかし、比喩以上のものとして、マジで分析ツールとして使うのはいただけない。日本にもマネした人いますけどね。
では、オイディプスの議論を除けば、まともな話なのかといえば、そうではない。「欲望する機械」についての詳しい内容はたんなるイメージで、雲をつかむような話であるばかりか、支離滅裂だ。原始土地機械と専制君主機械と文明資本主義機械という3つのとらえ方は安物の吉本新喜劇みたいなイメージにすぎない。それぞれの機械はコード化と超コード化と脱コード化に対応するとされるが、この超コード化、脱コード化というのもディスカウントショップで買った安物の舞台セットのような陳腐さだ。安物のイメージとしての3つの機械をこれまた安物のイメージとしての3つのコード化で分析しても、何も得られない。イメージは糸の切れたたこのように、どこかに流れていってしまう。書いている本人はイメージの世界に遊んで、楽しそうだが・・・。
ドゥルーズとガタリさんは、脳内がパラノイア機械に占拠されている。ライヒは、リビドーを実在エネルギーと考え、オーガズムを神経症理解の基礎とした理論を打ち立てた。そこからさらに飛躍し、性および生に特有のエネルギーとしてオルゴン・エネルギーを考えた。これは、明らかに妄想です。ライヒと同じようなことをドゥルーズさんとガタリさんはやっています。西洋のファルス恐怖症が生んだ過剰防衛です。

●今週の教訓
装丁と中身は比例しない(装丁はいい)。

アンチ・オイディプス
市倉宏祐 訳
河出書房新社
1986-05
節約のために、ベランダ菜園をはじめた。
現代の消費社会について行けないおいらは、ベランダ菜園にチャレンジすることにした。
消費にすべてを依存するのはよくないと思うからだ。もちろん、節約にもなる。消費万能社会に対するひとつの抵抗なのだ。
とりあえず、100円ショップでプランターを買った。長さ54センチほどある。わりと大きめのプランターだ。1センチあたり2円以下(なんのこっちゃ)という安さ。
このプランターの底のほうに石を入れ、上に土を入れる。そして、小松菜の根付きのものがあったので、葉の部分を食べ、根の部分を切り落として、土に挿した。
もう、3週間ほどたつと思うのだが、あまり成長しないなあ。もっと伸びてくれー。毎朝、心を込めて、水をあげてるんですけど。食べられるほど育つには、まだ1カ月くらいはかかりそうだ。


消費にすべてを依存するのはよくないと思うからだ。もちろん、節約にもなる。消費万能社会に対するひとつの抵抗なのだ。
とりあえず、100円ショップでプランターを買った。長さ54センチほどある。わりと大きめのプランターだ。1センチあたり2円以下(なんのこっちゃ)という安さ。
このプランターの底のほうに石を入れ、上に土を入れる。そして、小松菜の根付きのものがあったので、葉の部分を食べ、根の部分を切り落として、土に挿した。
もう、3週間ほどたつと思うのだが、あまり成長しないなあ。もっと伸びてくれー。毎朝、心を込めて、水をあげてるんですけど。食べられるほど育つには、まだ1カ月くらいはかかりそうだ。


福島第一原発がヤバくなってきた。
3月23日、タービン建屋で3人の作業員が被爆してから、局面が変わった。はっきりいって、ヤバい状況になった。汚染水の放射能があまりに高いので、これを除去するのはたいへんだ。原子炉を水で冷やのをやめることはできないので、これからますます汚染水がふえる可能性がある。汚染水がふえると、ますます作業がすすまなくなる。ああ、これから、どうすればいいのか。
枝野官房長官は安全を強調するが、それは子どもをなだめているようなもので、事実の根拠がない。事実は、「ヤバい」と叫んでいるのだ。その口をふさぐようにして、安全を繰り返す。国民を子ども扱いするのはやめろ。
枝野官房長官がやっているのは、放射能大丈夫作戦だ。国民を愚民扱いかよ。テレビ局は東京電力からお金をもらっているから、一切批判しない。困ったもんだ。
とりあえず、この動画でも見てね。
ニュースの深層
司 会:葉 千栄(東海大学教授)
ゲスト:広瀬 隆(ノンフィクション作家)
枝野官房長官は安全を強調するが、それは子どもをなだめているようなもので、事実の根拠がない。事実は、「ヤバい」と叫んでいるのだ。その口をふさぐようにして、安全を繰り返す。国民を子ども扱いするのはやめろ。
枝野官房長官がやっているのは、放射能大丈夫作戦だ。国民を愚民扱いかよ。テレビ局は東京電力からお金をもらっているから、一切批判しない。困ったもんだ。
とりあえず、この動画でも見てね。
ニュースの深層
司 会:葉 千栄(東海大学教授)
ゲスト:広瀬 隆(ノンフィクション作家)
新書大賞2011(中央公論)はこれだ。
『中央公論』の新書大賞2011をご紹介します。
私見
第2位に入っている『デフレの正体』は面白いんですが、すべてを人口論で説明するのには無理がある。高齢化している社会は日本の他にも多いのに、日本だけが特別にデフレになっている。その背景には、他の要因があると考えるべきだ。それは、人口の背後にある年功賃金である。年功賃金があることによって、人口の問題はたんなる人口問題ではなく、労働コストの問題となり、また高齢化にともなうライフサイクルの問題にもなる。つまり、人口+年功賃金で、問題が複雑化している。この点を指摘したい。
あと、個人的に読みたいなと思ったのは、選外の『天皇とアメリカ』テッサ・モーリス=スズキ、吉見俊哉(集英社新書)ですね。
| 大賞 | 宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書) 村山斉 |
| 第2位 | デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21) 藻谷浩介 |
| 第3位 | 街場のメディア論 (光文社新書) 内田樹 |
| 第4位 | 競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書) 大竹文雄 |
| 第5位 | 伊藤博文―知の政治家 (中公新書) 瀧井一博 |
| 第6位 | 葬式は、要らない (幻冬舎新書) 島田裕巳 |
| 第7位 | 希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書) 古市憲寿 解説と反論本田由紀 |
| 第8位 | 田中角栄の昭和 (朝日新書) 保坂正康 |
| 第9位 | なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか(祥伝社新書226) 若宮健 |
| 第10位 | 創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) 輪島祐介 |
私見
第2位に入っている『デフレの正体』は面白いんですが、すべてを人口論で説明するのには無理がある。高齢化している社会は日本の他にも多いのに、日本だけが特別にデフレになっている。その背景には、他の要因があると考えるべきだ。それは、人口の背後にある年功賃金である。年功賃金があることによって、人口の問題はたんなる人口問題ではなく、労働コストの問題となり、また高齢化にともなうライフサイクルの問題にもなる。つまり、人口+年功賃金で、問題が複雑化している。この点を指摘したい。
あと、個人的に読みたいなと思ったのは、選外の『天皇とアメリカ』テッサ・モーリス=スズキ、吉見俊哉(集英社新書)ですね。
本日の買物。
東北地方太平洋沖地震から2週間。都内の私の近所では、いまもスーパーではパンが品切れ。牛乳もないし、玉子もない。そして、水道水にも放射能が発見されているため、ミネラルウォーターも売り切れだ。とにかく、ずっとパン、牛乳、玉子は品薄ですね。
私の場合、大人だから水道水で大丈夫。ミネラルウォーターは買わない。
本日の買物は以下のもの。
ニラとネギ、先日買ったひき肉で餃子をつくるぞ。
メイラク、Rグレープフルーツ
調整豆乳カロリー45%オフ
サニー餃子の皮
ブロッコリー
長ねぎ
ニラ
エノキタケ
-----------------------
合計738円
オーケーストアにて

私の場合、大人だから水道水で大丈夫。ミネラルウォーターは買わない。
本日の買物は以下のもの。
ニラとネギ、先日買ったひき肉で餃子をつくるぞ。
メイラク、Rグレープフルーツ
調整豆乳カロリー45%オフ
サニー餃子の皮
ブロッコリー
長ねぎ
ニラ
エノキタケ
-----------------------
合計738円
オーケーストアにて

鎌田浩毅さん、それ間違ってませんか。
前回のエントリーと同じく『中央公論』2011年3月号の話題。
鎌田浩毅が、「ものごとを「構造」で考えよ」という文章を寄稿している。
この人の思考法というのをはじめて読んだのだが、「棚上げ法」というのには感心した。というか、興味をもった。なぜかというと、私は最近、そういうことを考えていたからだ。どうしてもわからない部分がある。しかし、わからないままに、議論をすすめたほうがいいという場合がある。その場合、わからない部分をXとして、Xを仮に置きながら、議論していくといった方法を考えていたからだ。これに「棚上げ法」という命名をしているのは、なかなか鋭いと思う。
そのほか、さまざまな思考法が紹介されている。なかなか実用的なものだ。
要素分解法というのは、本や論文を書くときの方法だが、各部を三部に分割し、それぞれをさらに三章に分割し、さらに三節に分け、全体を27節にして考えるといっている。これは、よくあるようだが、3×3×3に決め打ちしているところが新しいように思う。
しかし、この手法を「要素分解法」とよんでいるのはいただけない。「要素分解法」はデカルトの方法論の名前からとっているのだが、デカルトのいっているのとはまったく意味が違う。こんな使い方をしたら、デカルト先生に失礼だ。これは、「3×3×3分割法」ぐらいの名前のほうがいいのではないか。
それより、さらに問題があるのは、レヴィ=ストロースの「構造主義」について述べているところである。理系的思考法の中心には「構造で見る考え方」というのがあるといって、レヴィ=ストロースの「構造主義」を紹介している。しかし、その構造概念には難点がある。最広義の構造概念は、要素を見ずに構造を見るといったものであって、そのレベルではいいようにも思えるが、やっぱり違う。レヴィ=ストロースの理論に内在する価値の相対性についても述べているが、そのときの構造とは、「人間の思考の構造」に限定されている。そうすると、鎌田のいう構造とは異なる。人間は構造的な思考から逃れられない。構造は、文化的に規定されている。レヴィ=ストロースのいう「構造」と鎌田のいう「構造」は違う。鎌田のいっているのは、木を見ずに森を見るといった類のものであり、「森木法」、あるいは「俯瞰法」ぐらいにしとくべきじゃないのでしょうか。

鎌田浩毅が、「ものごとを「構造」で考えよ」という文章を寄稿している。
この人の思考法というのをはじめて読んだのだが、「棚上げ法」というのには感心した。というか、興味をもった。なぜかというと、私は最近、そういうことを考えていたからだ。どうしてもわからない部分がある。しかし、わからないままに、議論をすすめたほうがいいという場合がある。その場合、わからない部分をXとして、Xを仮に置きながら、議論していくといった方法を考えていたからだ。これに「棚上げ法」という命名をしているのは、なかなか鋭いと思う。
そのほか、さまざまな思考法が紹介されている。なかなか実用的なものだ。
要素分解法というのは、本や論文を書くときの方法だが、各部を三部に分割し、それぞれをさらに三章に分割し、さらに三節に分け、全体を27節にして考えるといっている。これは、よくあるようだが、3×3×3に決め打ちしているところが新しいように思う。
しかし、この手法を「要素分解法」とよんでいるのはいただけない。「要素分解法」はデカルトの方法論の名前からとっているのだが、デカルトのいっているのとはまったく意味が違う。こんな使い方をしたら、デカルト先生に失礼だ。これは、「3×3×3分割法」ぐらいの名前のほうがいいのではないか。
それより、さらに問題があるのは、レヴィ=ストロースの「構造主義」について述べているところである。理系的思考法の中心には「構造で見る考え方」というのがあるといって、レヴィ=ストロースの「構造主義」を紹介している。しかし、その構造概念には難点がある。最広義の構造概念は、要素を見ずに構造を見るといったものであって、そのレベルではいいようにも思えるが、やっぱり違う。レヴィ=ストロースの理論に内在する価値の相対性についても述べているが、そのときの構造とは、「人間の思考の構造」に限定されている。そうすると、鎌田のいう構造とは異なる。人間は構造的な思考から逃れられない。構造は、文化的に規定されている。レヴィ=ストロースのいう「構造」と鎌田のいう「構造」は違う。鎌田のいっているのは、木を見ずに森を見るといった類のものであり、「森木法」、あるいは「俯瞰法」ぐらいにしとくべきじゃないのでしょうか。

宮崎哲弥さんの「ありえへん名言」。
宮崎哲弥は「ありえへん世界」でたまに見かけるが、関ジャニ∞のサポートメンバーになったのかと思っていたら、そうではないらしい。
『中央公論』2011年3月号「新書大賞2011」の永江朗との対談を読んだ。
43ページでいいこといってる。
永江が山岸俊男/メアリー.C.ブリントンの『リスクに背を向ける日本人』を推薦しているのを受けて、山岸批判を述べている。
いやあ、宮崎さん、ありえへん名言ですね。
私は山岸の「構造改革論」というのは不勉強のため知らないが、ずっと昔に山岸の『信頼の構造』を読んだときから疑問をもっていた。『信頼の構造』は評価の高い本であるが、どうしても納得ができない部分があって、ずっと腹の底でゆらゆらと、へんな感情が揺れていた。
山岸がやっているのは、社会にゲーム理論を応用することであり、それは間違った方法論である。ゲーム理論を適用できない領域が社会であり、山岸のやっていることは、根本的にやってはいけないことをやっているのだ。たまたまうまく行ったように見えるが、それは見えるだけ。社会を合理主義で解釈するのは無意味だ。このことを、以前からいいたかったのだが、山岸はリッパな人なのでいえなかった。宮崎が批判しているのを読んで、我が意を得たりというわけで、虎の威を借りて私も小声でいってみました。
いやあ、今回は関ジャニ∞のサポートメンバー・宮崎さんをほんと見直しました (なんでやねん)。

中央公論 2011年 03月号 [雑誌]
中央公論新社
2011-02-10
『中央公論』2011年3月号「新書大賞2011」の永江朗との対談を読んだ。
43ページでいいこといってる。
永江が山岸俊男/メアリー.C.ブリントンの『リスクに背を向ける日本人』を推薦しているのを受けて、山岸批判を述べている。
宮崎「私はかなり昔から山岸学説には懐疑的で、「安心社会から信頼社会へ」という二分法を軸にした「構造改革論」にどれほどの妥当性があるのかなあ、と思っています。経済学者の荒井一博氏などはずっと批判されていますね。とくにリーマン・ショック後の世界を見れば、結局、洋の東西を問わず経済環境が逼迫すれば「信頼」が崩れ、人は「安心」を欲望するもので、山岸説は経済の問題を社会意識の問題に巧みにすり替えているだけという印象もあります。」
いやあ、宮崎さん、ありえへん名言ですね。
私は山岸の「構造改革論」というのは不勉強のため知らないが、ずっと昔に山岸の『信頼の構造』を読んだときから疑問をもっていた。『信頼の構造』は評価の高い本であるが、どうしても納得ができない部分があって、ずっと腹の底でゆらゆらと、へんな感情が揺れていた。
山岸がやっているのは、社会にゲーム理論を応用することであり、それは間違った方法論である。ゲーム理論を適用できない領域が社会であり、山岸のやっていることは、根本的にやってはいけないことをやっているのだ。たまたまうまく行ったように見えるが、それは見えるだけ。社会を合理主義で解釈するのは無意味だ。このことを、以前からいいたかったのだが、山岸はリッパな人なのでいえなかった。宮崎が批判しているのを読んで、我が意を得たりというわけで、虎の威を借りて私も小声でいってみました。
山岸理論は、社会をゲーム理論で分析するもので、根本的に間違っている。あと、宮崎によると荒井一博という人が山岸批判を展開しているらしいから、こんど読んでみることにしよう。
いやあ、今回は関ジャニ∞のサポートメンバー・宮崎さんをほんと見直しました (なんでやねん)。

中央公論 2011年 03月号 [雑誌]
中央公論新社
2011-02-10
貿易赤字は悪いことではないという主張。
貿易黒字・赤字の経済学―日米摩擦の愚かさ [ハードカバー]
小宮 隆太郎
小宮のこの本は、マクロ経済学の貿易についての理論をまとめた本である。
雑誌などに書いていたものをまとめたもので一部重複がある。
全体の主張は、当時(1990年代)日本の貿易黒字がすさまじく、それがアメリカから批判を浴び、国際的な問題となっていた状況を背景としている。小宮の主張は、マクロ経済学で考えれば、貿易黒字も貿易赤字も悪いことではなく、アメリカから圧力を受けても、日本があやまる必要はなく、譲歩する必要もないということである。
おそらく、小宮の主張はマクロ経済学的には正しいだろう。
ただし、理論的には素人にもわかるような感じではない。理論の核心はよくわからなかった。わかりやすくかみくだくのではなく、同じレベル(学者のレベル)の説明を何度も繰り返している。
この内容は重要である。貿易赤字は、通常の会社の経常赤字とは異なり、国家の貿易赤字は何らかの形で均衡するから、とくに問題はないらしい。
いま、円高で悩む日本は、このことをよく理解すべきである。しかし、赤字は悪というイメージがほとのどの人の頭にあって、冷静な議論をはばんでいるからだ。円高でもいいじゃないかということも、合わせて啓蒙する必要があるだろう。偏狭な民族主義的な国益を主張する人びとにも効果があるだろう。古い本だが、いまこそみんな読むべきだ。
小宮の主張は正しいと思われるが、この本の最大の難点はこの人の人格にある。まるで駄々っ子のように、自説を主張している。人間の程度が低すぎる。ケインズが偉大なのは、理論だけではなく、ノブレス・オブリージュを体現する人格にあったということを思い出せ。もっと大人になれ(もう年だけど)、といいたい。
ゆえに、星を4つ差し引かせていただきました。
★(星ひとつです)
貿易黒字・赤字の経済学―日米摩擦の愚かさ
小宮 隆太郎
東洋経済新報社
1994-09
小宮 隆太郎
小宮のこの本は、マクロ経済学の貿易についての理論をまとめた本である。
雑誌などに書いていたものをまとめたもので一部重複がある。
全体の主張は、当時(1990年代)日本の貿易黒字がすさまじく、それがアメリカから批判を浴び、国際的な問題となっていた状況を背景としている。小宮の主張は、マクロ経済学で考えれば、貿易黒字も貿易赤字も悪いことではなく、アメリカから圧力を受けても、日本があやまる必要はなく、譲歩する必要もないということである。
おそらく、小宮の主張はマクロ経済学的には正しいだろう。
ただし、理論的には素人にもわかるような感じではない。理論の核心はよくわからなかった。わかりやすくかみくだくのではなく、同じレベル(学者のレベル)の説明を何度も繰り返している。
この内容は重要である。貿易赤字は、通常の会社の経常赤字とは異なり、国家の貿易赤字は何らかの形で均衡するから、とくに問題はないらしい。
いま、円高で悩む日本は、このことをよく理解すべきである。しかし、赤字は悪というイメージがほとのどの人の頭にあって、冷静な議論をはばんでいるからだ。円高でもいいじゃないかということも、合わせて啓蒙する必要があるだろう。偏狭な民族主義的な国益を主張する人びとにも効果があるだろう。古い本だが、いまこそみんな読むべきだ。
小宮の主張は正しいと思われるが、この本の最大の難点はこの人の人格にある。まるで駄々っ子のように、自説を主張している。人間の程度が低すぎる。ケインズが偉大なのは、理論だけではなく、ノブレス・オブリージュを体現する人格にあったということを思い出せ。もっと大人になれ(もう年だけど)、といいたい。
ゆえに、星を4つ差し引かせていただきました。
★(星ひとつです)
貿易黒字・赤字の経済学―日米摩擦の愚かさ
小宮 隆太郎
東洋経済新報社
1994-09
計画停電に困りました。
東北地方太平洋沖地震から1週間がたった。
被災された方々はほんとうに大変だ。お見舞い申し上げます。
東京でも、影響はある。スーパーに行くと、食べ物がほんとうに売り切れていてない。パンを買おうとしても、ない。仕方がないので、ビスケットを買って食べた。モノ不足の原因は、テレビによると、主婦の買い占めらしい。たしかに主婦は必死に大きな買物袋を下げている。東京は買いだめするほどの危機でもないので、やめていただきたいものだ。
もうひとつ困るのが計画停電だ。私の地域は、第2グループにあたる。夕方の6時20分から夜の10時まで停電すると、月曜日も火曜日もアナウンスされた。しかし、停電はなかった。アナウンスされると、6時までに晩ご飯を食べて、いちおう停電にそなえておかなければならない。じっと待っていたら、停電がなかったというのでは肩透かしだ。これでもけっこう疲れる。
しかも、計画停電は都心では実施されず、周辺部でのみおこなわれている。これは不公平だ。電気をたくさん使うのは都心であり、繁華街である。復興のためにみんなでガマンすべきであるが、公平を考えて、都心こそ停電すべきである。東京電力は、都心優遇をやめろ。
さて、計画停電のアナウンスは外から拡声器で流れてくる。コンピュータ合成の無機質な声だ。どこから放送しているのだろうか、疑問に思っていたら、散歩のとき、拡声器を見つけた。こんなところにあるのか。この拡声器が、アナウンスしてくれている。ご苦労さんです。


被災された方々はほんとうに大変だ。お見舞い申し上げます。
東京でも、影響はある。スーパーに行くと、食べ物がほんとうに売り切れていてない。パンを買おうとしても、ない。仕方がないので、ビスケットを買って食べた。モノ不足の原因は、テレビによると、主婦の買い占めらしい。たしかに主婦は必死に大きな買物袋を下げている。東京は買いだめするほどの危機でもないので、やめていただきたいものだ。
もうひとつ困るのが計画停電だ。私の地域は、第2グループにあたる。夕方の6時20分から夜の10時まで停電すると、月曜日も火曜日もアナウンスされた。しかし、停電はなかった。アナウンスされると、6時までに晩ご飯を食べて、いちおう停電にそなえておかなければならない。じっと待っていたら、停電がなかったというのでは肩透かしだ。これでもけっこう疲れる。
しかも、計画停電は都心では実施されず、周辺部でのみおこなわれている。これは不公平だ。電気をたくさん使うのは都心であり、繁華街である。復興のためにみんなでガマンすべきであるが、公平を考えて、都心こそ停電すべきである。東京電力は、都心優遇をやめろ。
さて、計画停電のアナウンスは外から拡声器で流れてくる。コンピュータ合成の無機質な声だ。どこから放送しているのだろうか、疑問に思っていたら、散歩のとき、拡声器を見つけた。こんなところにあるのか。この拡声器が、アナウンスしてくれている。ご苦労さんです。


確定申告に行ってきた。
確定申告の期限、最終日である。本日、確定申告に行ってきた。
市役所に提出する場所があるので、そこに提出した。
東北地方太平洋沖地震が起きたのが3月11日で、それから4日後というあたりだからなのか、人は去年よりも少なかった。
申告の帰りに駅のほうなども見てみたが、東京の町にあまり混乱はなかった。

それにしても、連日テレビで見ているが、凄い地震だった。津波というものが、これほどパワフルなものだとは知らなかった。映像をみると、そのおそろしさがはっきりとわかった。三陸地方の町は津波の防災対策も立てていたというが、そんな人間の防災意識など吹っ飛ばすような自然の猛威であった。
東京のほうは、計画停電があって、困っている。私の地域では夕方の6時20分から10時まで停電するというアナウンスが、昨日も今日もあったが、結局、実施されなかった。6時までの晩ご飯をすませて、停電に備えて待機していたのだが、肩透かしだ。懐中電灯を買いにスーパーに行ったが、売り切れていた。アナウンスされて実行されないのもけっこう疲れる。まあ、いろいろたいへんである。
テレビでは福島原発のようすとリアルタイムで解説している。現在のところ対策はまったくうまくいっていない。大惨事にはならないにしても、メルトダウンの可能性が高い。東京電力など電力会社の体質はお役所体質で、日本の企業文化の悪いところが集約されている。もう、電気代払いたくない。
市役所に提出する場所があるので、そこに提出した。
東北地方太平洋沖地震が起きたのが3月11日で、それから4日後というあたりだからなのか、人は去年よりも少なかった。
申告の帰りに駅のほうなども見てみたが、東京の町にあまり混乱はなかった。

それにしても、連日テレビで見ているが、凄い地震だった。津波というものが、これほどパワフルなものだとは知らなかった。映像をみると、そのおそろしさがはっきりとわかった。三陸地方の町は津波の防災対策も立てていたというが、そんな人間の防災意識など吹っ飛ばすような自然の猛威であった。
東京のほうは、計画停電があって、困っている。私の地域では夕方の6時20分から10時まで停電するというアナウンスが、昨日も今日もあったが、結局、実施されなかった。6時までの晩ご飯をすませて、停電に備えて待機していたのだが、肩透かしだ。懐中電灯を買いにスーパーに行ったが、売り切れていた。アナウンスされて実行されないのもけっこう疲れる。まあ、いろいろたいへんである。
テレビでは福島原発のようすとリアルタイムで解説している。現在のところ対策はまったくうまくいっていない。大惨事にはならないにしても、メルトダウンの可能性が高い。東京電力など電力会社の体質はお役所体質で、日本の企業文化の悪いところが集約されている。もう、電気代払いたくない。
結露に対応する押入れ工事。
押入れから雨漏りがするので、以前、外壁の修繕工事をしてもらった。それで良くなったと思っていたのだが、今度はなぜか、押入れの壁全体が濡れてしまって、困ってしまった。かなりの濡れなのだ。衣類などにカビがはえそうだ。いまは冬がからいいけど、梅雨どきにはえらいことになりそうだ。なので、管理事務所に電話をしたら、結露の可能性があるということで、作業員の方に見に来てもらった。すると、結露の可能性が高く、いずれにしても、押入れの中が濡れ濡れ状態なので、押入れをつくり直すという。
その工事をやってもらった。
工事の日程が決まったら、まず、押入れと部屋のなかの荷物をすべて出さなければならない。これが、けっこうたいへんだ。私の場合、工事の前日にすべて隣の部屋に出した。
工事は、写真でわかるように、押入れの棚を取っ払い、ベニヤ板をすべてはがすことからはじまる。そして、新しい断熱材を入れて、新しいベニヤ板を貼り直すという工事である。
朝、早くからはじめて、夕方には終わらず、8時頃までかかった。けっこうたいへんです。
完成して、すっきり。工事の人がいうには、また結露する可能性があるとのこと。結露対策はこまめに窓を開けて、換気するしかないらしい。というわけで、これからは毎日、換気します。すみません。





その工事をやってもらった。
工事の日程が決まったら、まず、押入れと部屋のなかの荷物をすべて出さなければならない。これが、けっこうたいへんだ。私の場合、工事の前日にすべて隣の部屋に出した。
工事は、写真でわかるように、押入れの棚を取っ払い、ベニヤ板をすべてはがすことからはじまる。そして、新しい断熱材を入れて、新しいベニヤ板を貼り直すという工事である。
朝、早くからはじめて、夕方には終わらず、8時頃までかかった。けっこうたいへんです。
完成して、すっきり。工事の人がいうには、また結露する可能性があるとのこと。結露対策はこまめに窓を開けて、換気するしかないらしい。というわけで、これからは毎日、換気します。すみません。










