東京下流人日記|ワーキングプア脱出をめざす自宅警備員の生活と意見、時事議論、書評など

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上野千鶴子、毒舌全開で、内田樹を反駁。

|2010年6月 2日 16:00| 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
先日、内田樹が上野千鶴子に対する批判を週刊ポストにのせたが、それに対して、上野千鶴子が反駁した。

『週刊ポスト2010/6/11号』
「おひとりさま」論争に新展開
東京大学大学院教授 上野千鶴子が内田樹 神戸女学院大学教授を弁駁
家族と会社組織の復活など時代錯誤だ

上野の反論のイキオイが凄い。頭から湯気が立っている(霊視で見えた)。曰く

内田樹にけんかを売られた。けんかが好きなわけではないが、ふりかかった火の粉は払わねばならない。内田氏を批判したわけでもないわたしの著書(『おひとりさまの老後』)に氏が「反論」というのもおかしなものだが、批判されたからにはわたしのほうに氏に反論する理由がある。...
まず、第1に、氏のわたしへの「反論」が、誤読にもとづく「わら人形叩き」だと指摘したい...
氏は「あの本の核心は『家族が嫌い』ということをカミングアウトした部分でしょう。......その心情は抑圧されていた。上野さんがそれを代弁したことが広く共感を呼んだのだと思います」という。批判するときにはどの本の何頁にどういう文章があると典拠を示すのがルールだが、それは述べられていない。わたしの本にはどこにも一行もそんなことは書かれていない。

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というように、上野は「家族が嫌い」といったことはないという。しかし、最重要な論点はここにあると思う。明示的に述べていなくても、そういう気持ちはあると思う。それを内田は行間から読み取って、提示した。そこに、内田の鋭さがあると思う。だから、内田は、相手がそういっていないと主張すれば、なぜそう読み取ったのかを説明する義務がある。

とはいえ、上野はそれを否定しているから、そこから逃げるのではなく、やはり、その論点で議論してほしいものだ。本ブログのエントリーでは、検索エンジンの入力アシスタントに出てくる語彙から判断すると、夫を嫌っている妻がきわめて多いのではないかと思われることを示した。内田がいうように、それは抑圧されている。その抑圧をふりほどいて、議論の俎上にのせることに意味がある。だからこそ、本ブログで、内田の議論を取り上げたのだ。

つまり、上野=家族が嫌い、内田=家族好き、で論争してほしい。

もちろん論点はそれ以外にもある。上野は、内田のいう主従関係や師弟関係を批判する。それは私も同じ気持だ。なんでいまさら主従関係、師弟関係なの?と思う。しかし、この点はどうでもいい。内田が主従関係が好きなら、武道の道場でもなんでもやればいい。やりたい人は勝手にやるだけで、その分には誰も文句はないだろう。

ただ、前回のエントリーでも書いたが、家庭愛に価値を見出すという立場をとれば、内田は幸せで、上野は不幸だ。幸せ者が不幸な者を叩くというのは、弱いものいじめである。実際、上野は、内田の主張を「強者のシナリオ」としてたたき切っている。

最後に上野は論争のマナーについて、ひとくさり述べて、内田と週刊ポスト編集部に対して説教を垂れている。転んでも、タダでは起きないヒトです。そして、この件について、公開の場で内田と対談する用意があるという。ぜひ、実現してほしい。

●関連エントリー
内田樹が、上野千鶴子にかみついた。
上野千鶴子の「恨み節」炸裂。

おひとりさまの老後
上野 千鶴子
法研
2007-07
コメント:お母さん、鵜呑みにしちゃいけません
コメント:気楽な提案だと受け取ればよいのでは
コメント:この人の学者としての力量はどのくらいなんだろう?
コメント:なんというか
コメント:人間、死ぬときは独り。



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