東京下流人日記|ワーキングプア脱出をめざす自宅警備員の生活と意見、時事議論、書評など

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内田樹が、上野千鶴子にかみついた。

|2010年5月16日 13:20| 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
週刊ポスト2010/5/7、14合併号

内田樹が上野千鶴子に大反論!
「おひとりさまでは男も女も生きられない」
今の時代は「家族」「会社組織」という共同体こそ人生にとって大切だ。手触りの暖かさを見失うと、あと20年で取り返しがつかなくなる??

いま、言論人思想部門でもっともイキオイのある内田樹が、上野千鶴子の『おひとりさまの老後』を面と向かって批判した。上野を批判できるのは、いま内田ぐらいしかいないだろう。勇敢な行動に拍手を送りたい。

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内田 『おひとりさまの老後』には強い"違和感"を持ちました。
内田 あの本の核心は「家族が嫌い」ということをカミングアウトした部分でしょう。「家族に何の愛情も感じてないから、世話になる気もないし、世話をする気もない」と考えている人が現に大量に存在している。でも、その心情は抑圧されていた。上野さんがそれを代弁したことが広く共感を呼んだのだと思います。
でも、ぼくはそれは「それをいっちゃあ、おしまいだよ」と思います。
内田 ‥上野さんの「おひとりさま」コミュニティはあくまで「強者連合」でしょう。お金があり、社会的地位があり、潤沢な文化資本のある人はそこに参加できて、快適に暮らせるでしょうけれど、その条件を満たす人は今はもうごく少数しかいない。それより、緊急の問題は大多数の「ひとりでは暮らせない」人たちがどうやって他者と共生するスキルを開発するかでしょう。

といって批判している。そのあと、家族集団がやせ細っているため、中間的なサイズの共同体を再構築すべきだという意見が述べられる。親族以外で、「主従関係」と「師弟関係」が強いため、それを継承しなければならないという。この最後の主張は、かなりの時代錯誤だ。なんで、いまさら「主従関係」なの、といいたい。

上野の主張が「恨み節」であることは、以前に紹介した。加えて、彼女の主張の底流に流れているのは怨嗟と利己主義であることを指摘したい。そうした部分を内田は批判しているのだろう。しかし、これを俯瞰で眺めれば、内田は幸せで、上野は不幸だということだ。幸せな人が、不幸な人を批判するのは、ある種の差別のようなものだ。不幸な人には、いろいろ主張したいことがあるのだ。それを聞いてあげなければならない。

そして、重要なことは、怨嗟と利己主義を底流に抱える人が、いまの日本には少なくないということである。

ところで、グーグルの検索窓には、入力アシスタントという機能がついている。一部の語を入れると、よく検索されるワードが候補として自動的に出てきて、入力の手間を省いてくれる。

有名な話であるが、「夫」と入力すると、「死んでほしい」とアシストされる。

「嫁」と入力すると、「のメシがまずい」とアシストされる。

つまり、「夫死んで欲しい」「嫁のメシがまずい」という語で検索している人が多いということらしい。「夫死んでほしい」を検索して何を調べようとしているのか、殺人の方法でも考えているのか、あるいは同じ思いの人のブログでも探しているのか、不明であるが、この例から、夫に死んで欲しいと考えている妻が少なからずいるようだ、ということがわかる。それが現実だ。

●関連エントリー
上野千鶴子の「恨み節」炸裂。

おひとりさまの老後
上野 千鶴子
法研
2007-07
コメント:お母さん、鵜呑みにしちゃいけません
コメント:気楽な提案だと受け取ればよいのでは
コメント:この人の学者としての力量はどのくらいなんだろう?
コメント:なんというか
コメント:人間、死ぬときは独り。




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