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書評 『私家版・ユダヤ文化論』 内田樹

|2009年8月 6日 23:20| 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

評判のいい本である。たしかに読んでみるときわめて面白かった。内田樹というきわめて質の高い知性がみせる自由な論理の飛翔が心地よい本だ。

ユダヤ人というのは存在しない。それは、ヨーロッパ人が構築したものである。ユダヤ人とは誰のことなのか?

第1章の最後のほうで、内田はラカンを引用しながら、とても魅力的な構造主義的なひとつの答えを出す。

「ユダヤ人と非ユダヤ人」という対立は現実的な世界から導き出されたものではない。そうではなくて、「ユダヤ人と非ユダヤ人」という対立の方が「現実の世界の骨組みと軸と構造を与え、現実の世界を組織化し、人間にとって現実を存在させ」たのである。
この二項対立のスキームを構想したことによって、ヨーロッパはそれまで言うことのできなかった何かを言うことができるようになった。けれども、その「何か」は現実界に実体的に存在するものでもない。それはある「隠されたシニフィアン」を言い換えた別のシニフィアンに他ならない。けれども、「ユダヤ人」というシニフィアンを発見したことによって、ヨーロッパはヨーロッパとして組織化されたのである。[内田:55]

こういう、謎めいた魅力的な答えを出したあと、日ゆ同祖論や反ユダヤ主義について説明していく。この部分もまた、事実の提示として面白いのだが、それよりも著者の最後の結論である。

最後のところで内田は2つのことをいっている。ひとつはフロイトの理論を使って、「反ユダヤ主義者はユダヤ人をあまりに激しく欲望していたから」ユダヤ人に特別の憎しみを向けたというのだ。[内田:212]

もうひとつは、ほんとうの結論なのだが、「始原の遅れ」の覚知こそ、ユダヤ的知性の起源にあるという。造物主が世界をつくったとき、ユダヤ人は遅れてやてきた。そのことが、ユダヤに独特の知性を形づくっているというのだ。

この結論も魅力的であるが、わかったようなわからないようなところがある。

はっきりいえば、それは、反ユダヤ主義には根拠があるといっているのであって、結局、ひとつの反ユダヤ主義に回収されてしまいそうな結論である。おそらく内田はその危険を感じているからゆえに、わけのわからない書き方でこの書を締めくくっているのではないか。

いずれにしても、内田の高い知性とその自由な飛翔を感じることができる面白い本だ。

★★★★★ 知性を感じた

私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)
内田 樹
文藝春秋
2006-07
コメント:チマタのユダヤ人論は消えてなくなれ
コメント:ユダヤ論にするどく切り込んだ名著です。
コメント:「ユダヤ」と「差別」
コメント:ユダヤ人より内田樹のことが気になってくる本。
コメント:鋭い分析でした


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